2018/04/02

日本製ソフトのここを良くするべき

日本製ソフト、ソニーとか、時代より何歩も先を行って犠牲になる時もありますが何が違うのか

作りが甘い

ソフトウェアってどこまでも精密に作り込めるのね。
ハードウェアはできてしまったら終わりだが、ソフトウェアはバグ修正も細かい動作もみっちり作るところは無限にある。
すると何が起こるか。日本人はいくらやっても終わらないようなことは諦めてしまうのです。
すると、とにかくガワ(UI)をよく見せるのがアップルのすごい所で、これだけで欠点を無視させることができます。
iPhoneはタッチ認識も大した精度です。スワイプだけで快感を感じさせるようにできています。いや、ホーム画面を傾けるだけで結構です。壁紙がちょっと動くのです。

セキュリティが甘い

詰めが甘いというのはセキリュティもそうです。
官公庁や企業で度々ハッキングや情報流出が起こっている。
セキリュティというのは投じることの出来るだけの投資をするべきです。
人を疑うことを知らないのもでかい。金庫が開いていても誰も盗まないこと日本ではよくあるでしょう。
人を疑わないとセキリュティの準備はやり方が思いつかない。
学校いじめも政治も経済もマスコミ、ネット工作など日本人は結局強い奴に屈するようにできている。これもまた心のセキリュティの欠陥。

囲い込み

NECのPC-9801も ソニーのウォークマン+SonicStageのDRMなど、どうも延々と成功するわけに行きません。
なぜ、終わりが来るのでしょうか。
成功したのは古くはIBM360互換の富士通・アムダール連合です。「互換」が勝ってしまうだと?
PC/AT TCP/IP UNIXクローン、HTML、XML、公開された技術が世界を制しているのです。
ついに映像フォーマット H.264 H.265 AV-1までオープンにせざるを得なくなってきているのですから、(ええあのDOLBYが根負けしてるようです)
そんな時に日本は、日立は日立、NECはNEC、SONYはSONYで独占しようとすると、逆に首を絞めます。
こんな時に、日本はと。談合を禁じているのです。ええ海外ではひどいスキャンダルですが、日本は談合で得意な担当を決めるやり方が最もいいのです。
日本はどんどん特許プールに参加せざるを得ません。
オープンソースで霊的ダルマを貯めるのが海外のやり方でもあります。
誰もが必要とする技術は、ついに誰かが独占することができなくなるのが真理なのです。これがリククーブログの一貫した考えなのです。

下請け問題

日本人は本当に真面目に働きたいのでしょうか。帰れるならかえってゲームをやりたいとか、
電車が止まったら楽になるのにとか、ラッシュは嫌だと思いながら、言葉に出さずにしまいこんでいる。
挙句匿名Twitterにミサイルが家の職場に当たればいいのになんて。悪魔が社畜をせせら笑う声が聞こえる。
一方でできるプログラマはGoogleで、自分の部屋を好きにして、休んで、なにか思いついて、猛烈にタイプすれば、世界を変える何かができているのです。
Slackは本当はサボるという意味です。Slackはハッカーの間ではいい言葉なのです。楽に成果を出す、これがコンピューターの世界なのです。
日本で根を詰めて事務仕事のごとくコードを書いてなにかいい事あったのでしょうか。それは丸投げしたくなるでしょう。
個人プレーでありながらサッカーのように全てつながるのがプログラミングです。協調性もないと他人と協力して、ひとつのソフトを作れません。
他人の善意のコミットに震え上がっているようなら最後です。
こんな時に日本の専門学校は、とにかく専門知識を覚えればできるなんて、そんなコミュ症のできる開発なんてないです。
学校単位で実際に大規模横断プロジェクトを行い、大規模開発のノウハウを身につけさせるべきです。

総論

という事で日本人はソフトウェアを作るのが非常に難しい民族だとわかる。
開発者はまず楽をして自分の利益を最大にする考え方を身につけるべきです。最も日本人らしくないが、上にいけば行くほどどうせそういう人なのですから、真似をする人権がないわけではないでしょう。
日本人の上役はついに金銭的な利益を求めていません。金銭的な利益なら欧米型の下にも金を与えるやり方が勝てます。
日本人の上役は精神エネルギーの搾取という最も高い次元の暴力が使えます。おそらく昔から。
そう捉えると、いまの日本の技術、経済、精神レベルの没落が、非常に理解しやすくなるのです。
さすが心の日本人、情緒の日本人、争い事の次元が全く違うのです。暴力なんて最も次元の低い争いなどしません。
法律を破ることももはやしません。彼らはマインドコントロールの手口を使い、我々に同意をさせます。
日本で起こっていることはスピリチュアル戦争なのです。
とにかくうつ病対策の資料には従来の日本人の感覚の逆が書いてあり、一番大事なのは、自分を愛するという事なのだそうです。神がこの言葉を言われたとする文献まであります。
日本で自分を愛していると宣言すれば、たちまちナルシスト臭ですが、
よく考えてください、いつもつかうことばがいかに自分のエネルギーを差し出してしまうか。いつもつかうことばがいかに他人への服従を求めるのか。なぜ日本だけでそのような言葉が正式なマナーなのか。

もはや開発者、日本の神々が意図したような奴隷ではないです。そのずっと下、エネルギーを使い果たして死んでしまうだけの、マンガン電池みたいなものです。
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