FC2ブログ
2018/05/19

その高性能本当に必要だったの?

100%自分の話
Windowsがどうも調子が良くない いつも何かやっているせいでやりたいことができない
パソコンにArch Linuxを乗っけて、使いたいように使いたい
私のパソコンは2018年5月で全部 メモリ8GB CPUはターボで3GHzでPassmarkスコアが2500を超えている
Passmarkスコアは一番安いパソコンで700ぐらいが普通
新品だった頃は中堅クラス以上の製品

どうせなら、LinuxにSSDを搭載してしまえ
更にfirefoxやChromeのアクセス情報はprofile-sync-daemonでメモリ上だ。
DNSもパソコンにキャッシュしてもらおう。DNSをいちいちプロバイダーに引いてもらうのは迷惑らしいし
もう何も速度の低下がない

三日後
SSDはチョー速い なんでもサクサクだ。
インターネット閲覧も激速だ
なんて幸せなんだろう

3ヶ月後
はあ。
10分も無駄にできない。インターネットを急いで色んなサイトを見まくって
知識を蓄える欲が出る。しかし今のインターネットには大した情報はすぐにはやってこない
昔からやってきた私は更に焦る。パソコンは激速なので直ちにページを出してくれる
速読しまくる どんなニュースを見るかはもう「誰が」決めているのかすらしらない とにかくクリックだ

1年後
気がついたら、5chとかアンチカルトとか日本批判ブログとか某財団とか、暗い情報だらけを見るようになっていた
ポン子は1時間まるまる取られるから見たくない。気がついたらまた気味の悪い動画を見ている
風を引いたり疲れたり歯が痛かったり 時間を使う感覚にもう余裕がない そして嫌なコンテンツを見る
LinuxをHDDに載せ替える。しかもUSB2.0接続で、転送速度が出ない。オンメモリのアクセス情報はやめた。ちょうどいい速度が幸せ
そうだ・・・HDDにLinuxを戻したのは今回だけではなかったはずだ!
Xorgの画面描画をGPUにあっていないmodesetドライバーにしたこともあった!

どうでしょうか。
自分の精神にあっていない高性能というものが存在するのです。
ちょうどいいパソコンを選ぼう。パソコンだけでなくきっといろいろな機械に自分にあったものがあるはず
どうもこの心の幸せのためにパソコンの部品を選ぶという見方をしている人はどこにもいないことがわかったが
これからは必要だと思われるので公開しました
逆に必要だと思われる装置を作っているチャンネル>https://www.youtube.com/user/mudadukuri 結構幸せになるでしょ?
WindowsにSSDは標準搭載のパソコンも増えているから、似合っているでしょう。
LinuxにSSDは悪魔的な速さだ Linuxのネット民の主な使いみちは「古いパソコンの再生」
ガチの研究やサーバー目的でないただのネットユーザーは現役バリバリのパソコンのSSDに入れて無茶苦茶
ガチのPCゲーマーはOptane買おうぜ!

この問題のより良い解決策

はい。この問題はノートパソコンに「マウス」をつけることで解決できそうです。
ダイソーの青色LEDマウスがすごいカーソルの反応が早くて、すばやく次へ行けるので、上級者にはいいですね。
あと大事なのがスクロールホイールで、滑り止めがなくて力を加えるわけにも行かず、Linuxではゆっくり動かしてゆっくりスクロールするようになったらこれが効いて安心して使えるようになった。
USB2.0のままだがSSDとbtrfsの圧縮ストレージに戻すことができました。
dispcalGUIでICCプロファイルをもとに画面のいろを調整できたのも
カーネルコマンドラインに"amd_iommu=fullflush pci=ecrc=on"をつけて高速でエラーのない設定にできたのも良かったです。
つまり良い馬には良い鞍を スポーツカーには運転技術を 良いパソコンにはよい画面やマウスやキーボードを というわけです。

ついでに
Steamに昭和30年代を再現したゲームが出現、大きな盛り上がりになっているようです。
その画面サンプル動画を見て涙が出そうになった。俺は日本はいい国だと思って生まれてきたのに、その雰囲気や波動はなくなり、魂が隣人とバトルする修羅場になっていた
私の生まれる前のもう一度あったかい昭和みたいにするには、いろいろな工夫が必要で、モノや金、豪勢な旅行、権力を手に入れるのをやめて、そこそこの暮らしでみんなと仲良くするのが必要です。
学力も必死で手に入れようとすると心がついには壊れてしまう時代です。それにそこまで苦労してその後がよくなるとは限らない時代になったのです。受験戦争は魂を狂わす異常なものであり、しょっちゅう嘘が教科書に書いてあり、先生は嘘も教えます。
現代の弱虫はこうした世の中に耐えなければなりません。
どうでしょうか。昭和30年代はどんどんダムや電灯、鉄道や道路が整備され、自然が残っていながら、一応の暮らしはできるようになっていく時代だったのです。
テクノロジーも、自分の心をだめにするものはさっさと捨て去るのが大事だ、ということなのです。
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント