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2018/06/18

未来に向けて「機械を作らない」考え方

科学技術によって、人間は、いろいろな困難を切り抜けてきました。
かつて自然界はときに人間を襲い、畏れ多いものであり、神に祈りを捧げ、お祭りもイベントではなく儀式だったのです。

科学技術によって自然界の脅威から人間は自分たちを守ることができるようになりました。
自然界から、エネルギーを集め、豪勢な暮らしができるようになりました。

今、エネルギーの不足の問題、それに、技術の進歩でより危ないことができる今、
振り返って我々は幸せだろうか。

インターネットがなくても、人間には予感があり、潜在意識でつながることができました。
いまコンピューターやネットは人間の能力をそいでいるところもあります。

今緊急の課題として、エネルギーの不足が叫ばれています。
新たにエネルギーを用意するのは、とても大変なことになりつつあるのです。

翻って、過去から様々な人間の発明があり、機械を作り、それにエネルギーを与えることで、自分たちを楽にしてきました。
機械はますます複雑に、小さく、速く、強くなってゆきました。そしてそうした機械はよく売れました。

しかし、未だに石油に変わるエネルギーを供給するのに、どの国も不安を抱いており、日本では原子力を捨てられません。

機械の設計はとても複雑になっています。日本がバブルの頃はビデオデッキでも一人が仕組みを覚えることができたそうですが、
今の機械は部品そのものが多機能であり、人とのやり取りで設計するようになりました。
日本の産業界だけでなく、世界の産業界が、脳や心の限界に突き当たるかもしれないのです。

いま身の回りは機械だらけです。なんでも機械を作って解決、機械の中でエネルギーをどんどん使って解決、
人間がどうしてもやりたいことの一つです。
そんなシステムの設計がいつまでもできるとは思えません。人間だけの地球でもないし。

時代に逆行するようですが、単純で、エネルギーを使わない、人力でさえも動く、そうしたシンプルな解決の仕方も重要になってきているのです。
社会全体が、ハイテク機械がほしいという我欲から離れ、苦労を誰かや自然に押し付けずに自分で幸せになる必要があるのです。
多分そうした丁度良い機械や必ずしも科学に頼らない仕組みを設計できるのは日本人だと思われます。逆に 必要以上の機械を日本人に作る力がない。
最近、CASIOの樫尾4兄弟の3人目、和雄さんがなくなってしまいましたが、CASIOって中毒にもならずなんかこれがあれば生きて行けるようなほんわかしたのばかりつくっているでしょ?

科学技術力はむやみに追い求めるのではなく 必要に応じて作られるべきなのです。現実的に兵器システムだけはしつこく追い求められるでしょうが。

これからは物事を解決したいならより単純なやり方を選ぶほうがいいでしょうが ただ自分ですら、いつもそれができるとは思えません。
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